「歴史」カテゴリーアーカイブ

女たちの沈黙

パット・バーカー作 北村みちよ訳 早川書房 2023年

 

ギリシャの英雄アキレウスといえば、アキレス腱の名前のもとになった神話の世界の登場人物。
トロイア戦争を舞台に、リュルネソスの王妃ブリセイスが数奇な運命を語る。
アキレウスによって国が陥落し、ブリセイスはアキレウスの勝利品として奴隷に落とされる。
戦闘の場面はリアルで血なまぐさい。けれども、そのことで、生死のドラマを盛り上げている。
沈黙を強いられた女たちの想いと生きる力を訴える。

続編 The Women of Troy の翻訳が待たれる。

地下鉄道

コルソン・ホワイトヘッド著 谷崎由依訳 早川書房 2020年

アメリカ合衆国南部に住む黒人奴隷が、奴隷状態から抜け出すために北部へ脱出しようとする。地下鉄道は、そのための手助けをする人たちで作られた組織のこと。ただし、この小説では、たんなる組織ではなく、実際に地下にトンネルを掘って作られた鉄道が出てくる。鉄道を乗り継いで逃げる娘コーラの凄惨な物語。

奴隷の生活のひどさ、差別をする人間の残虐さがこれでもかというほどリアルに描かれる。生き延びようとするコーラの心のありようが、普通の娘の心と少しも変わらないゆえに、より残酷にも感じられるし、同時に希望も感じられる。

これは、かつてのアメリカ合衆国を舞台にしているけれど、現代のことでもあり、世界中どこでも起こってきた、起こりつつあることでもある。

小さなことばたちの辞書

ピップ・ウイリアムズ著 最所篤子訳 小学館 2022年

主人公エズメ・ニコルが6歳のころ、辞書編纂者の父親の足もとで周りの編纂者の仕事を見ているところから物語は始まる。
オックスフォード英語大辞典の編纂に関わった実在の人たちを周りに配し、作者の創作である少女エズメの人生を描いている。
背景には、イギリスの女性参政権獲得の運動と、第一次世界大戦の勃発がある。
エズメは、オックスフォード英語大辞典の編纂の過程をつぶさに見ていて、それが男性のことばを集めたもので、出典は書籍からでなければならないことに、違和感を抱く。
そして、自分なりにことばを集め始める。それは、女性のことばであり、書かれたものではなく話されたことばであり、労働者や底辺に生きる人々のことばだった。

エズメのことば集めと成長を縦糸に、エズメを愛した人やエズメが愛した人との心の交わりと、エズメが愛する人を失っていく悲哀とが、読む者の心を潤す。

ハッピーエンドではないが、ひとりの人間の生涯が歴史の一コマとなりうることに、励まされる。

筆者ピップ・ウイリアムズは、オーストラリア出身の小説家。

藤原彰子

ふじわらのしょうし

服藤早苗/吉川弘文館 2019年

吉川弘文館の人物叢書

中宮定子のサロンの華やかさに比べて、彰子のサロンは地味だという固定観念があった。それはそうかもしれないが、24歳で夫一条天皇を亡くし、29歳で国母となった彰子は、周りの者の協力を得て、政治家としての力を発揮し、87歳の人生を全うした。そのことを本書で初めて知った。感激!

《はしがき》より
平安時代の女性史・ジェンダー研究は、後宮女官や女房も含めて緒についたばかりである。ゆえにこそ、煩雑ではあってもなるべく多くの事象を丁寧にたどることを心がけた。彰子の生涯を描くことで、この時代の宮廷社会、ジェンダー構造もみえてくるはずである。

巻末の左京拡大図・一条院内裏中枢部概念図・平安京内裏図・土御門第想定図といった地図類と、略系図・乳母家司略系図といった系図類、略年譜は大変便利。さすが日本歴史学会の編集だなあ。

 

平安貴族サバイバル

木村朗子著 笠間書院 2022年

平安時代の貴族の生活、なかでも宮中の生活を解説したもの。
半世紀以上前の学生時代に学んだ内容と、さすがに大きくは変わらないが、現代的な女性の眼で解釈されていて、新鮮に感じた。
筆者は、津田塾大教授。専門は、言語態分析、日本古典文学、日本文化研究。

書名からもわかるるように、目次からも切り口の新しさが分かる。

目次
1,女にしてみたいほどいい男
2,差し向けられたエージェントとしての女性たちー学問で勝つ
3,差し向けられたエージェントとしての女たちー音楽で抜きん出る
4,差し向けられたエージェントとしての女たちー若の力でのし上がる
5,男性の寵愛を奪い合う女たちは恋愛脳か
6,妻・母として以外での女性の自己実現はあったか
7,平安時代にもシスターフッド=女性同士の連帯はあったか
8,同性愛は純愛か異性の代わりか
9,どうしようもないときに頼る呪術や信仰
10,勝ち組の頂点周りの栄光と挫折
11,負け組の不遇と意外なしぶとさ
12,色好みの功績

平安時代の貴族社会を生き抜くためのノウハウは、現代日本社会の、生まれながらの格差社会を生き抜くうえで役に立つのではないかというのが著者の考え。

初学者向けの解説本をあらかた読んでしまった人が次に読む本として企画された本。


清少納言がみていた宇宙と、わたしたちのみている宇宙は同じなのか?

新しい博物学への招待

池内了著/青土社  2021年

2001年発行の『天文学と文学のあいだ』に大幅加筆して再版されたものです。

目次から
天文
第1章すばる
第2章れんず
第3章なんてん
第4章あわ
物理
第5章じしゃく
第6章ぶらんこ
海の生き物
第7章しんじゅ
第8章かつお
第9章ふぐ
陸の生き物
第10章ほたる
第11章たけ
第12章あさがお
第13章ひがんばな

目次に挙げられているものはすべて日本の古代から文学作品に取り上げられているものです。
古代から近代までの文学の造詣の深さに驚かされます。
興味のある章段だけを読んでもよし。

作者は、子ども向けの科学の本や絵本を多く執筆しています。
また、『科学者は、なぜ軍事研究に手を染めてはいけないか』(みすず書房/2019年)も良書。この筆者の著作だから、どの本も信頼できるという思いになります。

遠景のロシア

中村喜和著/彩流社 1996年

副題が「歴史と民族の旅」

ロシアといっても、現代のロシアという国家についてではなく、もっと広い範囲での民族の歴史が書かれている。

Ⅰ歴史の中の人びとでは、中世を中心に描かれる。だから、都がキーエフのころから、モスクワに移るそのあたりのことになります。
東はモンゴル、南はトルコ、西はポーランドに囲まれてその境界線では常に戦いがあった。
勇者や賢女の活躍が描かれている。

Ⅱ古都めぐりでは、モスクワをはじめ、著者が訪れた都市を人々の様子が書かれている。

Ⅲフォークロアをたずねては、「イワンの馬鹿たち」「ロシアの北風小僧」「妖怪たちの未来」などなど、めっちゃ興味深い小題。

Ⅳ人びとの暮らしでは、日常の木のある暮らしや料理などについて書かれている。

最後にロシア正教会についての説明もあってわかりやすい。