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泣き虫ハァちゃん

河合隼雄 新潮社 2007年

臨床心理学者河合隼雄の最後の著作です。
河合隼雄(1928-2007)は、丹波の篠山に生まれ育ちます。男ばかり6人兄弟の5番目です。
この本は、自伝ではなくてフィクションですが、下地にあるのは、自身の幼いころの思い出のようです。

ハァちゃんは、泣き虫で、戦時下の日本では男が泣くことは恥でした。泣き虫といってもいじめられたり叱られたからなくというだけでなく、感動したり、人との別れであったり、何かの拍子に心が締め付けられたりすると、勝手に涙があふれてくるのです。負け惜しみが強いくせに、涙が出るのです。
あるとき、母親が「ほんまにかなしいときは、男の子も泣いてもええんよ」といってくれて、ハァチャンはびっくりします。

幼稚園から小学4年生までの日々がつづられています。本当は、まだ続くはずだったのですが、急な病で倒れてしまいました。いつまでも読んでいたいようなやさしくユーモアにあふれたハァチャンの日々でした。
そして、読んでいて全然悲しくないのに、微笑みながら涙が出てくる本でした。

物語の後に、谷川俊太郎さんの、作者にささげる詩が載っています。
「来てくれる」という詩です。
これを読んでまた泣きました。
奥さまの河合嘉代子さんの跋文「『泣き虫ハァちゃん』のこと」もあります。

目次
男の子も、泣いてもええんよ
どんぐりころころ
青山の周ちゃん
みそしるサンタ
怪傑黒頭巾
川へ行こう
クライバーさん
秘密基地
あづまはや
作文はお得意
かもめの水兵さん
夜が怖い

彼女たちの場合は

江國香織著/集英社 2019年

父親の仕事の都合で、一家でニューヨークに暮らす14歳の礼那と、事情があって居候している従姉の17歳の逸佳が、お互いの両親に黙って、旅に出る。「家出ではない」と書置きをして。目的は、アメリカを見ること。
旅先で、様々な人生と出会う。いいことばかりじゃなくて危険な目にも会う。
景色も、二人の心のなかも、描写がうまい。アメリカの?音やにおいも充満していて、一緒に旅をしているような気持になる。
題名の「彼女たち」は、礼那と逸佳のことだろうけれど、礼那の母理生那も含まれるだろう。二人の旅のなかで、理生那も変化する。彼女も、娘たちと同じく精神的に独立していくのだ。
主人公の周囲の人物に対しても思考を促すのが、小説の良いところ。

神なるオオカミ

姜戎(ジャン・ロン)著/唐亜明・関野喜久子訳/講談社 2007年

これは、ほんと、読みごたえがあった。
長い!
が、時間を忘れる!
中国の内モンゴルの遊牧民の話。文化大革命の時代。
主人公は、放下されて内モンゴルにやってきて羊飼いの仕事にたずさわる漢民族の青年。
草原の自然のなかで、遊牧民が、バランスの取れた生き方を何百年も続けてきた、その根底にあるのはオオカミとの共生だと、主人公は考えます。
遊牧民のトーテムはオオカミです。
漢民族は竜・トーテムですが。
主人公は、オオカミに魅せられて自分の中にオオカミの血を発見していきます。
物語は、野生のオオカミの赤んぼう小狼(シャオラン)を育て、別れるまでが、リアルに描かれています。
背後の中国の政策や、人間のエゴも前面に描かれていく。

読んでいると、主人公に共感して、こちらまでオオカミに魅入られてしまいそうでした。