なんだけどね。
時間ってかぎりがあるでしょ。
体力だっているし。
なのに、前に読んだ本だって気が付かないで、また読んだりするの。
そのたびに得るところはあるからいいんだけどね。
でもできたらたくさん読みたいよ。
本は智慧の泉だからね。
そんなわけで始めた忘備録としての読書日記。

われら闇より天を見る

クリス・ウィタカー作 鈴木恵訳 早川書房 2022年
500頁を超えるずっしりとしたミステリー小説。
舞台はカリフォルニアの田舎町。
主人公ダッチェスは13歳の少女。物語は、少女とその弟をめぐって母親の友人や恋人たちの人生が絡んでいく。
ミステリーとしてのストーリーは、母親の妹がまだ幼いうちに命を落としたことから始まる。
ダッチェスは父親を知らないし、母親も殺害されるし、逃れた先の農場で守ってくれていた祖父も殺害される。
事件は凄惨なのに、当事者たちにほんとうの悪人はいないのが悲しい。
最初から最後まで登場する(副主人公?)の警察署長ウォークの言動に救われる思いがする。

ブルーアウト

鈴木光司著 小学館 2015年
和歌山県串本の沖合で、トルコの軍艦エルトゥールル号が、台風にあって沈没したのは、明治23年のこと。その史実をもとにしたフィクション。
主人公は、串本でダイビングのインストラクターをする水輝。そこへ、トルコの青年ギュスカンがガイドを依頼する。
エルトゥールル号の遭難者の五代のちの子孫と遭難を助けた漁師たちの五代のちの子孫とのふしぎな邂逅。
エルトゥールル号乗組員のドラマと水輝の人生が、交互に描かれる。

老いを愛づる

中村桂子著 中公新書 2022年
著者は大阪府高槻市にある生命誌研究館の名誉館長。
老いや年寄りの生き方についての啓蒙本は多々あるが、今まで読んだ中で一番しっくりきた本。
男性の書いたものは、どうも違和感があるし、お金の心配のない人が老後について具体的なことを書いたものも違和感があるし、奥歯にものが挟まったようなものが多いなかで、本書は、人としての基本的な生き方を考えさせてくれてほっとする。

女たちの沈黙

パット・バーカー作 北村みちよ訳 早川書房 2023年
ギリシャの英雄アキレウスといえば、アキレス腱の名前のもとになった神話の世界の登場人物。
トロイア戦争を舞台に、リュルネソスの王妃ブリセイスが数奇な運命を語る。
アキレウスによって国が陥落し、ブリセイスはアキレウスの勝利品として奴隷に落とされる。
戦闘の場面はリアルで血なまぐさい。けれども、そのことで、生死のドラマを盛り上げている。
沈黙を強いられた女たちの想いと生きる力を訴える。
続編 The Women of Troy の翻訳が待たれる。

紀ノ川

有吉佐和子 1959年 中央公論社 (1964年 新潮社)
和歌山県の紀ノ川沿いの素封家紀本家の花子が主人公。彼女を育てた祖母豊乃、娘の文緒、孫の華子と、明治大正昭和を生きる4代の女たちの物語。
さすがにテーマはかっちりしているし、視野が広いし、何より文章が良い。
有吉佐和子は学生時代にけっこうのめりこんで読んだのが懐かしい。
文庫版の後ろの広告に円地文子、大江健三郎、高橋和巳等の作品が並んでいて、そういう文学に親しんでいた学生時代だったと思いだした。

クスノキの番人

東野圭吾 実業之日本社 2020年
大きな洞のあるクスノキは、月の決まったころに祈念すると、その人の念を受け取って預かってくれ、血縁の人が受念することができる。遺言書といった形式では伝わらないもの、魂を受け渡すことのできる不思議なパワースポットだ。
孤独な青年の成長の物語りでもある。

赤めだか

立川談春 扶桑社 2015年
1984年、17歳で立川談志に入門した談春のエッセイ。
入門からの、談志をはじめ兄弟弟子たちのエピソードを交え、落語家としての足跡が語られる。
江戸落語の世界の慣習なども興味深い。

陽気なギャングが地球を回す

伊坂幸太郎 祥伝社 2006年
嘘を見抜く名人、演説の達人、すりの名人、正確な体内時計の持ち主。この四人が組んで銀行強盗をやる。百発百中で失敗はない。
劇画のようなおもしろさ。スリルもあるし、笑いも上等。

蛇 不死と再生の民俗

谷川健一著 冨山房インターナショナル 2012年
「魔性を持った動物と人間との間の戦慄するような親和力は、いつごろからはじまったか。
それは少なくとも縄文時代中期、考古学でいう勝坂式土器の時代までさかのぼれる、と私はおもう。」
という冒頭から、どきどきする。
昔話の異類婚姻譚を思い出すからだ。
人ー蛇ー神と、自在に変化する昔話の登場者に魅力を感じている。
著者谷川は、民俗学を「神と人間と自然との交渉の学である」と定義する。
そして、各地を歩きながら、さまざまなところで出会った物・事・言葉を習合して分析する。
目次
第一章 蛇巫の誕生とゆくえ
蛇巫の誕生/龍の文様の渡来/信州の蛇信仰と九州山地/琉球・朝鮮の三輪山伝説/蛇を祀る/蛇と百足/蛇と雷/毒蛇の神罰/真臘国の蛇王
第二章 蛇と海人の神
和の水人の信仰/死と再生の舞台/蝮の由来/海蛇ー海を照らす神しき光/龍蛇神をめぐる神事/かんなび山の龍蛇信仰/龍蛇の末裔/潜水の方言スム/潜りの海人と海蛇/古代海人と蛇の入墨/蛇の神と地名/ウズー海蛇類の総称/蛇と虹/蛇と不死/口笛と龍神
インタビュー 蛇と龍をめぐる民俗
解説 蛇が神であった世界(川島健二)

口訳古事記

町田康 著/講談社 2023年
古事記の現代語訳なんだけど、神さまたちが現代の関西弁で丁々発止やりあうのが、なんとも愉快。講談、というより、ほぼ落語。たしかに古事記ってナンセンスだし、笑えるよなあと思わせる。
たとえば、こう。
海幸山幸の一場面
父の神が事情を問うたところ、火遠理命は、「実は・・・・・」と兄の神の大事な釣り鉤を失くしてしまったことを打ち明けた。
「なるほど。でも、それ、なんとかなるかも」
「マジすか」
「マジです。ちょっとお時間頂戴できますか」
そういうと父の神は、海に向かって、
「みんな、ちょっといいかな。ちょっと集まってくれるかな」といった。
ホムチワケノミコがこっそりヒナガヒメの寝屋をのぞいたら、ヒメが蛇だった場面
「あかん」
思わず呟いたホムチワケノミコに側近は問うた。
「なにがあきまへんね」
「ちょっと長いどころやあらへん。蛇や」
「マジですか」
「嘘やおもたら、おまえも見てみいな」
「ほな、ちょっと、うわあああっ、蛇ですやん」
「大きな、声出すな」
「あかん、今、まともに目ぇ合いましたわ」
「そやさかい大きな声、出すな、ちゅってんね」
「どないしまお」
「逃げよ」
こんなに気楽に楽しめる古事記は初めて!